海の水が紅茶に!?ボストン茶会事件

おはようございます。朝塾です。

世界史をしていた高校生が「これって、海が紅茶になったってこと?」と言いました。何の話かと思ったら、「ボストン茶会事件」。概要をおさらいしましょう。

【ボストン茶会事件】

教科書や資料集に載っているこちらの絵。右側の船にいる人が、箱を海に捨てています。

捨てられた箱は342箱。およそ1万8千ポンド(現在のレートだと3,367,188円!!)分の紅茶が入っていました。

ボストン茶会事件は、1773年12月16日、アメリカのマサチューセッツ州ボストン港(当時イギリスの植民地)で起きました。

当時、アメリカのお茶はほとんど輸入品。輸入品には関税がかかります。

度重なる戦争で財政難になったイギリスが、植民地のアメリカにどんどん課税していったのですね。アメリカ人は不満を持っていたものの、イギリスの植民地でしたから、イギリスの選挙権がありません。当然、自分たちの意見をイギリス議会に反映することなんてできません。アメリカ人の中に、イギリスに対する不満がたまっていきました。

そんな矢先、1773年にイギリスが新たに茶法(茶条令)を制定したことで、アメリカ人の不満が大爆発!そもそも税金が高かったので、アメリカ人はオランダの商人から茶を密輸していました。茶法が制定されたことで、イギリスは「東インド会社」に植民地での茶の独占販売権を与えました(東インド会社の利益はイギリスの国益とみなしてください)。これで、アメリカのお茶販売がイギリスによって独占されてしまいます(他にも砂糖法や印紙法など、重税がいろいろ)。

怒りの矛先は、東インド会社の船に向かいます。1773年12月16日、アメリカの先住民族に扮したアメリカ人が、ボストン港に停泊していた船を襲い、342箱の茶箱を海に投げ捨てました。

これによって、アメリカvsイギリスの緊張が加速し、「アメリカ独立戦争」へとつながっていきます(終焉は1776年7月4日。アメリカ独立宣言が採択)。

アメリカではカフェインを紅茶からではなくコーヒーから摂取するようになり、いまでもアメリカ人にはコーヒー好きが。イギリス人には紅茶好きが多いのだそうです。



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